11月3日の日報 湘南山

お疲れ様です、伊藤です。
昨日の日報を遅れて提出いたします。

すっかり仕事に煮詰まった私は、気分転換に仕事場を抜け出すことにした。
向かう先は、湘南である。

茅ヶ崎の浜辺に座って遠い水平線を眺めながらアイデアを考えたりするのか、そんな暇あったら日報ちゃんと書け」
みたいな叱咤激励が聞こえてきそうだが、否、私が行きたかったのは砂浜ではない。
むしろ逆である。駅を出て北へ向かった先にある、霊峰・湘南山(しょうなんざん)が目的であった。

霊峰と書くのには理由がある。
ここは古来より創造を司る神に守られる山として有名で、山伏よろしく山中を歩きまわることで創造神が体に憑依し、今まで考えつかなかったクリエイチブなアイデアが生まれるという。
三島由紀夫糸井重里など、錚々たるメンツもかつて訪れては、名の知れた作品を世に送りだして来た。その湘南山の御加護にあやかろうというのが私の魂胆である。
「ク、クリエイチブ!」
それくらい私は仕事にどん詰まりであった。

ただし、この湘南山における山伏修行には、一般的なそれと決定的に違うルールがいくつかあった。

まず、山への入り口にある滝にて、巫女に入山許可を得る必要がある。

そして、服装。
白装束のような格好のいいものではなく、「上半身は裸、下はケミカルウォッシュのデニム」だという。
このルールがなかなか妙で、作品づくりのアイデアを求めてやってくる時点で修行希望者のほとんどは色白且つひ弱なルックスである。
屈強なムキムキボディを誇る色黒メンズは、そもそもこんな内省的な性格が求められる仕事に就かない。
ただでさえ「もやし」な匂いがぷんぷんする男達を半裸にし、そこにケミカルウォッシュのデニムを履かせてみろ。それこそもやしだ。
霜降り柄で、腰周りの布は若干余り気味、下へ向かってすぼまるテーパードも現代風というよりは80年代を彷彿とさせる「きまぐれオレンジロード」タイプと呼ぶべきだろう。
男なのについつい両腕を組んでおっぱい周辺を隠したくなる「半裸でケミカルウォッシュ」の時点で過酷である。
修行は既に始まっているといっても過言ではない。

自分の弱さを外気に晒すかのような格好を強制された男達は、不安げに周囲の(同じ格好の)連中をちらちら見ながら、巫女への列を作る。
かくいう私も、
「これ、ちゃんと洗ってるのかな」
と若干心配しながらもケミカルウォッシュに着替え、レッドブルの飲み過ぎでフルーチェみたいにぷるぷるになった上体を露にしながら、その「求道者」の列に並んだ。

滝に打たれながら石の上に鎮座する巫女は、実は高齢の女性で、『AKIRA』のミヤコ様を彷彿とさせるインチキ臭い風貌であった。
いやしかし、こういったスピリチュアルの類いは、インチキ臭ければ臭い方が効き目があるように思えてくるから不思議だ。

彼女との「入山試験」は実にシンプルである。
入山希望者が彼女の前に立つと、巫女が突然奇声を発する。
希望者がその奇声を真似て叫び返す。
以上である。
「試験」というよりは、「儀式」もしくは「気合い入れ」と呼んだ方が近い。
巫女が黙って頷いたら、希望者は一礼して小走りで山へ消えていく。ケミカルウォッシュ以外何も持たずに半裸で山中へ走り去る男達の後ろ姿ほど、見る者を心配にさせるものはなかった。

手短な儀式だけに列はどんどん進み、あっという間に私の番がやってきた。
神妙な面持ちで巫女の前に立つ。
ゴォォと音を立てる立派な滝に打たれてずぶ濡れの彼女。寒くないのだろうか……などと思っていたらば、彼女が突然叫んだ。
「ディヤァッ!!」

それは実に素晴らしいディヤァッであった。
説明するのが難しいが、
木梨憲武が「ディ・ヤァーオ!」と叫ぶときの「ディ」と、
ウルトラマンが敵にテレポートで背後にまわられたことに気付いてビビりながら振り返る時の「ヘヤァッ!?」の「ヤァッ」、
この2つに、英語の「親愛なる」を意味する単語"dear"のニュアンスを混ぜながら、
少し顎を引いた姿勢で、わざと前歯を出しながら、文字通り言葉を「吐き捨てる」勢いで叫ぶ……
長年に渡って鍛えられたであろう巫女のディヤァッは、それくらい完璧であった。

私は若干たじろいだが、しかしすぐに気を取り直した。
「このディヤァッを返すのは至難の業かもしれない。だが、ここを乗り越えて初めてクリエイチブの世界へ踏み込むことができるのだ。
クリエイチブ、それは生半可な覚悟で挑むことなど許されない修羅の道。
見てろ、やってやる、俺はこの壁を乗り越えてみせる!」

私は巫女の目をまっすぐみつめて叫んだ。
ディヤァッ!!
ありったけのディヤァッであった。

巫女はしばし沈黙した。
滝の轟音が森の中に響き渡る中、対峙する2人。
我々のディヤァッが相当だったのか、順番待ちの列から「ごくり」の音が聞こえた。

彼女の口がわずかに動いたように見えた次の瞬間、予想しない展開がおこった。
「ディィィヤァオォウ!!!」
なんと巫女が再び叫んだのだ。
しかも、さっきとは若干違う。
これは「再試験」なのか? 背後の男達もざわざわと動揺している。
私は、しかしこの「2回目」が私だからこそ成し得たものだという確信があった。
「湘南山の門番であるこの巫女から、2つの叫びを引き出したのは俺が初めてだ!」
胸に沸き起こる興奮と矜持。
不安も恐怖も一切感じずに、私は最大限の礼儀として彼女にもう一度叫び返すことを決意した。

「湘南山の神々よ、受け取ってください、これが俺からの答えだ!」

真摯の眼差しを巫女に向けたまま、
胸いっぱいに息を吸い込み、
ちょっと前歯をクイッと見せた状態で、
これまで歩んできた我が人生の総決算ともいえる咆哮を今あげん!




「ディ
「あ、もういいです」
ちょっと待った、の手のポーズで彼女は私に言った。むしろ「え、なんでもう一回叫ぶの?」と言いたげな、きょとんとした表情で。
「ディ」の状態で固まりながら数秒間考えた私は、
「あ〜、つまり、もういいってことかぁ」
と理解し、雄叫びモードを完全解除した。
あまりのショックだったせいか、「2回目の叫びはなんだったのか」という疑念は浮かばず、いや、むしろ考えたくなかったのかもしれない、私も同じようにきょとんとしたまま軽く一礼し、くるりと左へ向き直して山中へとことこ走っていった。

列に並ぶ男達へちらっと視線を向ける。
ファイナルディヤァッを失敗した私を、彼らは同情と哀れみの顔つきで見ている。
やめろ、そんな目で俺を見るな。
冷たい視線から逃げるため、私はペースをあげ、ほぼ全力疾走で野山へ入っていった。

「この火照ったディヤァッを、言わせてよ」
やり場のないディヤァッを抱えて、私は湘南の森に身を投げる。


という夢を見た、というブログをアジカンのゴッチ氏が書いたのを読む、という夢を見ました。

それでは本日もよろしくお願いいたします。